宮崎勤の死刑について思うこと
【「執行増は異常」「抑止力ない」=法相あてに抗議書−死刑廃止議連】という記事より。
宮崎勤死刑囚(45)ら3人に対する刑の執行に抗議し、国会議員でつくる「死刑廃止を推進する議員連盟」(亀井静香会長)は17日、法務省を訪れ、死刑制度の見直しを求める鳩山邦夫法相あての申し入れ書を提出した。
衆議院議員会館で記者会見した亀井会長は「新たに3人の命が国家権力に消された。何か国民の幸せにつながっていくものが生まれたのか」と批判。凶悪事件は減っていないとして、「(死刑制度による)抑止力がないのは明白」と主張した。
保坂展人事務局長も「執行数が増えているのは、国際社会では異常。国連で人権を主張する資格はない」と怒りをあらわにした。
この事件では精神鑑定が何度も行われ結局20年近く裁判になっていた。僕が生きている間に見た事件で最も衝撃的で残酷な事件だった。そしてこの頃からヲタクと言われる人達の印象が悪くなった。たった一人のために。まぁ事件の詳しいことはこちらに書いてある。
当時宮崎勤が逮捕されたとき国民の誰もが「死んで欲しい」と思ったに違いない。僕もその一人だった。そして裁判が始まると精神鑑定が出てきて疑問に思ったものだ。今僕も精神科に通院しているし、閉鎖病棟にも入院していたから精神病患者はかなり見てきた。中には寝ると泣きながら廊下を歩き回る子がいて、のちにそれが嘘だったことが発覚したことがあった。あと、どうしても自分の感情が抑えられなくなって窓ガラスを割ったり、殺すぞ!といったことを叫んだり、「私を殺そうとしてるでしょ!」と逃げられたり、シャブ中毒や、色んな患者がいた。しかし、精神病のやっかいなことは、どこまでは本当でどこまでが嘘なのか、医師も患者も判断しにくいところにある。僕は素人なので偉そうなことは言えないが、恐らく患者自身で判断できない人は、何かしらの精神病なんだと思う。で、自分の行動を嘘と認識できる人は、責任能力がある人なのではないだろうかと思う。今回宮崎勤は責任能力があるということで死刑になった。でもこの精神鑑定も曖昧な部分が多い。結局は本人も医師も分からなかったんだと思う。しかし事件が事件だけに世論は死刑になって当然だと思っている。だから医師へのプレッシャーは相当なものだったと思う。
では何故今回の死刑執行に対して疑問に思うのだろう。それは「アルカイダとは友達の友達」とか言っていた鳩山邦夫法相が国家権力で見せしめの死刑を執行したからだ。鳩山邦夫法相の会見を見たときに背筋がゾッとした。「俺が法相の間はなんぼでも殺したる!決めるのはこの俺や!」そういう風に見えて仕方がなかった。この国でこんな怖い思いをするとは…。
僕は死刑廃止論者ではないし、死ぬことでしか償えないものというのはあると思っている。逆に一生償わせるのもありだと思う。しかし一生償わせると言っても日本の無期懲役だと仮出所できてしまい再び社会に戻って来る。そう考えると今の法制ではもう耐えられないのかなと感じる。だから今の法制にプラス絶対的終身刑を導入することを、そろそろ真剣に検討する時期なのかなと。
『ウィキペディア(Wikipedia)』の「終身刑」に詳しく説明があったので引用します。
仮釈放の可能性のある終身刑
終生という刑期の途中で、仮釈放による社会復帰の可能性があるものをいう。相対的終身刑(相対的無期刑)と呼ぶこともあり、ヨーロッパにおいては、多くの国でこれが最高刑となっている。日本の無期懲役に相当し、日本の刑法では、死刑に次いで重い刑罰とされている。
各国の終身刑の最低服役年数については、日本・ベルギー・ニュージーランド・イタリアが10年、オーストリア・フィンランドが12年、ドイツが15年、カナダが15年(原則)および25年(特別の場合)、ギリシャが16年、フランス・オランダ・メキシコが20年、ポーランド・ロシア・台湾が25年となっているが、これはあくまで仮釈放の申請が可能になる年数という意味にとどまり、仮釈放の実際の運用は国によって違いがある。また、イギリスのように判決宣告の際に裁判官が最低服役年数を定める国もある。
日本の例を見てみると、法制上は10年を経過すれば仮釈放の申請が可能になるが、実際には、最近では基本的に最低20年以上が経過しなければ仮釈放が認められない運用がされており、2005年の仮釈放者の平均在所年数は約27年となっている。また、フランスも、法制上は20年を経過すれば仮釈放の申請が可能になるが、仮釈放者の平均在所年数はそれより長く、約27年となっている。
なお、相対的終身刑は、仮釈放を許されても、刑自体は終了せず、終生または一定期間、保護観察などに付せられる形態を取っている場合が多く、日本においても恩赦などの措置がない限り、原則として、終生保護観察という形で刑の執行が続くこととなっている。
仮釈放の可能性のない終身刑
仮釈放による社会復帰の可能性がなく、終生に渡って身体の自由を拘束されるものをいう。絶対的終身刑(絶対的無期刑)と呼ぶこともあり、アメリカ(一部の州を除く)やオーストラリア(同)、イギリス、中国などでこれが存置されている。
また、韓国では、最高刑を死刑制から絶対的終身刑制に変更する議論が活発に行われている。
日本においても、死刑廃止論に関連して、死刑の代替刑として絶対的終身刑の導入が議論されているが、「絶対的終身刑はいわば緩慢な死刑であり、死刑よりも残酷である」といった意見[要出典]や刑務所の秩序維持や収容費用、遺族感情といった面からその現実性を疑問視する意見[要出典]もあり、国民の大多数の支持を得るには至っていない。逆に、「日本の無期懲役は仮釈放されることが大半である。つまり、無期懲役といっても社会復帰が可能であり、この二つ量刑の間に差がありすぎるので絶対的終身刑を導入するべきだ。」という意見が少数ながらある。
なお、この制度(絶対的終身刑)を置いている国は世界でも少数にとどまっている(2002年4月11日森山真弓法務大臣国会答弁、2006年10月20日長勢甚遠法務大臣国会答弁)。
死刑の代替刑として絶対的終身刑の導入が議論されているそうだが、別に代替刑でなくてもいいんじゃないかなぁと思うのは僕だけだろうか…。ただ、絶対的終身刑受刑者の面倒を僕らの税金でまかなわなければならないのは納得し難いところではあるが…。






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